彩度

07:48


エッグカッターの弦を指で弾いてハープのように奏でちゃうのが、子供の頃の密かな楽しみでした。

エッグカッター……あの卵を輪切りにする調理器具のことですが、
プラスチック製で、丸みを帯びたフォルムに琴糸のように鉄線が並んでて。
円形状なので、鉄線の長さは外側から内側に掛けて長くなっていますから、
端から弾いていくと(洒落)高い音から低い音へ。そしてまた高い音へと音色が変わるわけですね。
これをリズム良く弾くと、調理器具とは思えないいい音が鳴るんですよねー。カン、カンカンコンコンコンコンカカカカン!
あ、ちなみに弦の数が奇数がベストですね。偶数はちょっと中心部分の音色のパンチが足りなくなるので。

えー、ちなみに、輪切りにされたゆで卵は幼少期あまり好きじゃありませんでした。
小さい頃はノーやったまなんです!OK!?ノーやったま!!テストに出ますよ!!


そうそう、音色と言えば……階段、ありますよね。
階段も、手すりが設置されている部分がコンクリートの壁になっているものと、
鉄の柵になっているものとがありますよね。
で、その鉄の柵の部分を傘で「カカカカカカカカン!」って弾くといい音するんですよねえ!
階段って吹き抜けになっていたりしますから、良く音も響いてね。
両親からはよくやめろと怒られましたけど、まーやめるわけないですね。

目に映るものの中で何をどうやって玩具にしてやろうか。
そういったわくわく感、ちいさいころは本当に強かったです。



新しいオンラインゲームに初めてログインする時も、似たような心持ちだったりします。
目に映るものすべてが鮮やかで新鮮で。どこに着眼すれば楽しめるのか。視点を変えキャラを動かしきょろきょろしてました。

それから、月日が流れて。







5月15日。
515事件と奇しくも同じ日に起こったECOサービス終了告知。通称ECO15事件……なんでもないです(❀╹◡╹)
その日から今日で早5日となりました。

しかし、周りの人々も、幾分気持ちの整理自体はついた人が大勢見受けられたのですが、
今度は半ば整理がついた故か、何らかの行動を起こす人が増え、
告知日とあまりかわらない慌ただしさが続いているように思います。

かくいう私も、普段は殆どログインしなかったにも関わらず、2日連続のログインを果たしました。ヤッタネ!
まるで家を出て会社に出社するまでを逐一速報でテレビに報道されるかって事ぐらいみみっちい事なんですけどね!

ただ、結局それも、アクロポリスをぐるりと回ったり途中放置したり、あるいはブログ更新用に多少SSを撮ったりしただけで、
あんまり活動もしないままログアウトをしてしまっていたのですが。


と言うのも。
告知を見てからというもの、ECOをプレイする際に、何だか釈然としないものにずっと苛まれていたからなんです。
ECOが終わる事に悲しんでいるわけではないんです。もちろん喜んでいるわけでもないんです。
ただ、アクロニアで目に映るものすべてが、何だか現実味を帯びていないかのようで。
ECOの世界は、今までとは何か違った世界に見えていました。

……もちろん、実装しているものやシステムになんの代わりもありません。
ただ、ECOの世界を覗く私の目が、おそらくもう、今までとは違う物の見方でしか見れなくなってしまっていたんでしょう。
街並み。NPC。街ゆくパートナーたち。
それらすべてのものが、セピア色になったかのように思えたんです。



黄昏の世界2



それは言うなれば。
黄昏の世界……とでも言うべきなんでしょうか。

明確な、終わりへのカウントダウン。
その時を刻む数字が、頭に焼き付いてしまって。
すべてのものが、ふわりとしているというか、存在が揺らいでいるというか……
ともかく、何を見ても、悲しみにも似た何かに苛まれるようで。

でも、実は本当に悲しいわけではないんです。
例えば、廃墟を見た時。
何だか空虚で、でももの悲しくて、なんかそんな表現しがたい感覚に囚われることはないでしょうか。
あの感覚に近しいんですよね。
そんな感情が、ずっとつきまとっていました。



黄昏の世界



フリージア鯖でも、告知日の夜は随分と賑やかでした。
特にギルド元宮前はたくさんの人々が、イベントも何もなく、申し合わせも何もないのに、
心を一つにするためでしょうか。集まって、祈りのキャンドルを手に持っておられました。
それはそれはすごい人の数でした。

でも、私にはその人だかりを、現実味を帯びてないもののようにしか見れなくて。
「重たかった!」なんて言い訳をしながら、逃げ出していました。
何で逃げ出さなきゃいけないのかも分からないまま。


私は、自分自身が良く分からなくなっていました。






その空虚な気持ちは、ECOにログインした時だけに留まらず、ツイッターでいろいろなツイートを見ている時にも感じていました。

ツイッターでは皆が皆、自分が最善だと思うことに向かって取り組んだり、主張したりしていました。
私は……そのどれもに賛成をしながら、そのどれもに賛同することはありませんでした



運営にサービス終了を撤回するように要望を送ろう!
分かります。

クラウドファンディングでECOを譲渡して、継続して運営していけるようにしよう!
分かります。

結局運営が継続されても、どこかに委託されても、どうせこのまま衰退していくんだから、潔く幕を引くべきじゃないか?
分かります。

このスマホの時代、ECOもスマホゲームに移植すればいいんだ!
分かります。

いや、スマホゲームに変わったとしても、結局サービス終了の恐怖からは逃れられない。反対だ!
分かります。

オフラインで動かせるクライアントとして配布を希望したい!
分かります。

ECOに取って代わるゲームはない。このまま心中だ。
分かります。

仲間と過ごせる機会は失っちゃダメだ。どこでも良いから移住しないと!
分かります。……とはいえ、前回の記事にも書いた通り、私はMMOから身を引くことを選びますが。

これからも繋がりは大切にしたい。ツイッターやスカイプ、ディスコードなど外部ツールで交流が持てるようにしよう。
分かります。

今出来ることを全力でしよう。ユーザーイベントを開催しよう。
分かります。応援します。

ECO最後の日まで共に心中する気はない。告知があった時点で引退だ。
分かります。

これまでのECOは楽しかった。これからの3ヶ月間は、楽しかったECOを顧みる時間にしよう。
分かります。

今から嘆いていたら疲れてしまう。まだECOはあるのだから、精一杯楽しむべき。
分かります。

もうすぐ終わってしまうからこそ、やりたかったことをリストアップして、その消化に励もう!
分かります。

思い出を残しておくために、心ゆくまでSSを撮影しておこう。動画を撮っておこう。同人誌を作ろう。
分かります。



全部が全部、正しいと思います。
どの主張も傍から見て間違いはなく、当然その人にとっては最善そのもの。



じゃあ、私は?私はどんな考えを持っているの?どんな考えに賛同するの?
それは……


……分かんないよ。





右を向いても左を向いても正しいことしかなくて。
ECOの世界は空虚で満たされていて。
一体何をすれば良いのか分からない。
一体何を是とすれば良いのか分からない。
過去に経験があればそれに頼れるのに、そんな経験もない。


ECOの世界に生きていた一人であったにもかかわらず、私はまるで傍観者のようにECOの世界やタイムラインを見ていました。






ただ。
ただ、一つだけ。

「このままログイン出来なくなったとしたら、イヤだな」

心の中にこんな気持ちはあって。

そしてその気持ちの出所を探ったら、どうやら私は
「過去を振り返る機会を逸する」事が怖かったようなんです。

何故そんな事が怖いのかもいまいち分からないのですが、
その怖い気持ちも、一度しっかり思い出して、しっかり噛みしめれば、心が納得できるようでした。

だから、前回の記事で宣言したんです。
私にとってエミル・クロニクル・オンラインの魅力とは一体なんだったのか。
それを探りに行くと。
それはすなわち、私の過去を振り返る事に等しいから。



でも、実際さわりだけ辿ってみて。
確かに、心は少しずつ、過去の一つ一つに対して納得出来ていったんです。
けれど、キャラを動かしている世界がセピア色で。空虚で。息苦しくて。
ちょっと、辛かったんです。

だから、3日目からはINしませんでした。
もうちょっと落ち着いて。自分自身の心が分析出来て。
セピア色の世界の中でも、呼吸が出来るようになってから。
それから過去を辿っても、十分間に合うじゃないか。まだ3ヶ月もあるんだし。
そう思ったから。






ところが。
そう思っていたにもかかわらず。
腹痛で眠れなかった午前4時。ぽろりと、今の心境をツイッターで呟いちゃったんですね。

















そしたら。
フォロワーさんから、こんなリプライが飛んできたんです。







「いまでもわりと色づいてましたよ、あの世界」


この言葉を見た瞬間、私の視界にちょっとだけ彩度が戻った気がしました。













分かんないならまず行動しろ。時間は有限だぞ。
そんなお叱りの言葉もかけて貰ったんですが。
それ以上に、私の中にストンと落ちたものがあって。


私はずっと、
終わりが明確に決まってない状態と、終わりが明確に定められた状態では、絶対に印象が違って見えるんだって。
そう思ってました。
それは多分、正しいんだと思います。

でも。
終わりが明確に定められたものを、必ずしも悪い印象で見つめなくてもいいんだって。
そう、気づかされたんです。


末期の癌を宣告された人たち。その人達のその後の人生はすべて色あせたものなのでしょうか。
答えはきっとノーだと思います。
限られた命を認識出来たからこそ、そこまでの命、生活、より密度を濃くしよう。より彩度を濃くしよう。
そう考える人、きっと一杯いらっしゃると思います。

それと同じというのもおこがましいことなのですが。
明確に終わりを意識してしまった時に、それをなるたけなるたけなるたけ、プラスに考える。
漫然としてはいられないぞと。
より積極的に、より貪欲に、要素を堪能しにいかなければならないぞと。
そう考えられたのなら、きっとそれは、素敵な事なんだろうなって、思ったのです。


セピア色の世界の中で、無理に呼吸をしようとするなんてナンセンスで。
この世界は、セピア色なんかじゃないぞ。
ただまんじりもせず、退廃していくことをよしとしないぞ。
より濃密に、最後の最後まで彩度を上げて燃え尽きるんだぞ。
そう、認識を変える。
明確に終わりが定まったことは、プラスであると。
そう考えられるんだよと言うことが。

『葉桜の良さ』。
その発見に等しい、数あるものの中の一つなのではないかと。
私は感じたんです。





まだ、完璧には彩度は戻っていません。
気づけはしましたけれど、頭で考えることと心が感じることは必ずしも一致はしませんし。

ただ、今の空虚な気持ちに対する、数ある答えの内の一つを貰えたような気がしました。



それに。

「いまでもわりと色づいてましたよ、あの世界」

そんな事を言われたら、なんかちょっと気になりません?
隅から隅まで、見慣れたはずの世界だけど。
どんなところが色づいているのか、って。



ちょっとしたわくわく感が、私の中に芽生えて。
後103日。

エミル・クロニクル・オンラインの魅力を見つける為、私の過去を探るという旅は、まだ始まったばかりです。







追記:

右も左も正しいことばかり……と上に書きましたが。
一つだけ、どうしてもそうは思えないことがありまして。
それは、告知日当日のユーザーの集まりを、『デモ』と評した人々についてです。


デモという言葉に、私はかなりの違和感を抱いていました。
確かに、あの行為そのものはデモと呼んで差し支えないのかもしれません。
デモという言葉の定義には当てはまっているのかもしれません。
でも、世間一般の人が「デモ」という言葉から受ける印象とは、かけ離れているとおもいます。

というのも、あの場で並んで巻物を掲げていた人は、何かに抗議をしているわけではきっとなかったんだと思います。
憶測でしか過ぎないのですが、あの場で運営に対して本気で物を申そう、
あるいはサービス終了を覆してやろうと思っていた人はいなかったと思います。
もしいたんだとしたら、その人はかなり見通しが甘いと言わざるをえないかなとも感じています。幾分辛辣ですけどね。

だって、運営があの場面を見ている保証はまったくなかったんですから。


あれは、フリ鯖のギルド元宮前でキャンドルを持って立っていた人と何ら変わらないはずです。
抗議ではなく、悲しみ。
サービス終了なんてやだよ、悲しいよ。そういった心の叫びをキャラで代弁させていたんだと思うんです。
巻物を掲げていたのは、たまたまそういったニュアンスのアイテムがあったからにしか過ぎなかったのだと思います。

なぜなら。

本当に運営に対して物を申そうとしていた人は。そんなデモよりもまず、
ツイッターで意思表示をしたり、署名のサイトを立ち上げていたり、運営に直接メールを送っていたりしましたから。
そのほうがずっと早く建設的ですしね。


だからあれは、世間一般の人の基準であるデモ……すなわち憲法改正反対デモだとか、韓国の大統領罷免デモとだとか、
そういったあからさまな抗議や抵抗を示すものではないと思うんです。
それを、デモという言葉を使ってニュアンスを同じように見せかけ騒ぎ立てた人は、正直言って私は許容できませんし、
それをまとめて勝手に火に油を注ぐような真似をして、
その後アフェリエイトで私腹を肥やすような輩は、唾棄すべき存在だと断言します。

あの世界で生きた経歴もないのに、その気持ちを代弁しようとしないでください。
ましてや、事実をねじ曲げて客寄せパンダにするなんて、許せるわけがないでしょう。


みなさんも気をつけてくださいね。
悪名高きまとめサイトにアクセスした時点で、片棒を担いでいることになるんですよ。
アクセス数が増えれば増えるほど収入を得る。そんなシステムで奴らは記事を書いてますから。
本当かそうでないかは関係ない。訪問さえさせればそれでいいんですから。

絶対に訪問してはいけません。
それが、ECOという世界の印象を守ることにも繋がります。




コメント

  1. ステキな記事、ありがとうでした!
    有限となった時間、きっとすっごく濃いものになりそう。
    ドラマ化とかしちゃうかもしれない!(なんとか14みたいに)
    少なくとも、終了間際の老舗MMOって設定で小説いっぱい書かれそう。
    私たちは、そんな激動の中にいる。
    せっかくなのだ、ドラマティックな、魅力的な立ち振る舞いの登場人物になるのもいいかも。
    ・・・たまごんさん、ノベル化楽しみにしています♪

  2. いえいえこちらこそです!
    なんか今回はあまり面白くもない記事になっちゃったなーと思っていたんですが、琴線に触れたならとても光栄です……!

    ただあれですね!
    今後書く予定というか方向性が某ドラマのような方向じゃ恐らくないと思うのでそれがあれですね……!
    ただ、確かに私達はそんな激動の中にいますから。
    その時間を使って、よりよい区切りを、そして記事を書けたらいいなって思ってますヾ(*╹◡╹)ノ゙

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